慈チベット愛

チベットが好きすぎるけどチベットを知らなすぎる

性的マイノリティ・非性愛に気づいた話

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日本のお坊さんは跡継ぎなんかの関係で、みんな結婚している一方

チベット仏教では僧侶の婚姻はありえないものとされている。

 

二年前にカルマパ17世というカギュ派の最高位である僧侶がその地位を手放して女性と結婚することでかなり大きな話題になったみたい。

 

 ↓ 詳しくはこのニュース記事 ↓

www.afpbb.com

 

ちなみにこの記事の写真、二枚目は別人が載せられている。

 

この方こそ現在のカルマパ17世とされる僧侶だ。

おれがあいつであいつがおれで的なことではない。

 

 

 

チベット仏教では高僧が入寂する(亡くなる)と転生すると信じられている。

しかしこのカルマパ17世、候補者が2名いて、非常にごちゃついているのだ。

 

 

 ↓ 詳しくはチベットハウス ↓

www.tibethouse.jp

 

 

 

 

 

 

 

 

人を愛さないことはとても簡単

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さて

そんなエラいお坊さんでさえ人を異性として愛するのだ。

性愛とはそれほど自然で、根源的なものなんだろう。

 

でもおかしなことに、俗世のわたしは人を愛したことがない。

 

愛せないのはきっと心が貧しいのだ、と思ったりもした。

 

そこで今回は【人を愛せない人の仮説3つ】と【非性愛】という結論を紹介しよう。

 

 

愛せないパターン1:心の病気説

与えられてないものは与えられないという考え。

「人を愛せない」と調べるとだいたい愛着障害という言葉が挙がるはず。

特徴にあてはまらないので却下。

なお心をきれいに保つため、執着は持たないようにしてる。

 

ついでにサイコパスでもない。

情緒あふれる善良な市民だ。

 

 

愛せないパターン2:シンデレラ説

「まだ本当に好きになれる人に出会ってないだけよ〜。若いわねぇ…」

女の全てを知ったような女性はそう教えてくれた。

たしかにまだどんな出会いがあるか分からんし、女の中の女がそう言うならそうかもしれない。

 

しかしわたしは”運命の人”に出会ったことがある。

(ややスピリチュアルじみた話になるので割愛。)

そんな人とですら、恋愛関係になろうとは思わなかった。涙の却下。

 

 

 

愛せないパターン3:LGBT説

これが一番しっくりくる。

いろんな意味で少数派なのは自覚してた。

学生の頃は自分がバイセクシャルだと思っていた。

性別を問わず、魅力を感じることはある。

でも相手が誰であろうと、その気で寄ってこられると

違和感、危機感、嫌悪感が湧いてくる。

 

オヤっ、これ、どれでもないね。

 

 

 

でも、そろそろ分かってきた。

わたしは人を愛さない性質なんだ。

かといって、心を閉ざしてるわけでもない。

めっちゃ親切だし(本人談)、友好関係も築ける。

自分で分かってたら、そんでいいや。

 

 

 

 

結論:非性愛者っていうらしい

性的マイノリティに許容を見せ始めた世間だけど、

わたしのような人にはまだ名前がないのはおかしいな。

と思って調べてみた。

そしたら、あっ、ありましたぁ。

 

すぐ見つかった。(拍子抜け)

非性愛、無性愛、Xジェンダーなんていう言葉が。

どれも知らなかったので、すごく新鮮だ。

 

↓ 無性愛・非性愛はこの記事がわかりやすい ↓

lgbt-life.com

 

わたしは〇〇です!って区切りをつける必要は感じないけど

ある種の共感を得た気持ちになった。

こういう枠があったんだなーということにちょっとだけ安心した。

 

 

さー、穏やかな気持ちでおやすみなさい